上顎大臼歯部の歯根間にスクリューを植立すると、個人差はありますが、上顎歯列をおよそ3.0mm遠心移動させることが可能です。(長期安定性のことを考慮すると2.5mmまでとの報告もあります。)このことは、6.0mm以下のオーバージェットを呈すII級症例(出っ歯さん)や、6.0mm以下のアーチレングスディスクレパンシーを伴うⅠ級叢生症例(ガタガタ)などが、小臼歯非抜歯で治療できる可能性を示しています。
全顎的な歯列遠心移動時のスクリュー植立部位の第一選択は、上顎では第二小臼歯と第一大臼歯の間です。この部位は歯根間距離が比較的大きいため歯根とスクリューの接触が起こりにくく、植立をやり直すことなく大きな遠心移動量が得られます。また上顎小臼歯部の歯槽骨に頬舌的に厚みのある症例では、スクリューを傾斜埋入することで、歯根とスクリューが接触することなく歯列の遠心移動が可能となるものもあります。上顎の第一大臼歯と第二大臼歯の間も歯槽部に頬舌的な幅があり、スクリューの植立に適していますが、皮質骨が薄く、上顎洞に穿孔することもあり、十分な固定が得られないことがあります。
スクリューを第二小臼歯と第一大臼歯の間に植立した場合はアーチワイヤーの犬歯ブラケットの近心に、第二小臼歯と第一大臼歯の間に植立した場合は犬歯ブラケットの遠心に、クリンパブルフックを付与します。咬合平面と平行な方向に牽引できるようにフックの長さを調整し、片側200gのNi-Tiクロージングコイルスプリングやパワーチェーンと呼ばれるゴムで牽引することで、歯列を遠心に移動します。
このとき、遠心移動にともない臼歯が圧下されることで、歯の遠心移動の反作用としての下顎の時計回り方向への回転は抑制されます。臼歯部の咬合が垂直的に離開した場合には、ディテーリング時にワイヤーベンディングや顎間ゴムにより咬合させるように調節が必要になります。
ただし、上顎歯列の遠心移動の可否についてはさまざまな因子が関与しており、その1つの因子として下顎小臼歯抜歯の必要性が挙げられます。下顎歯列も、スクリューを絶対固定に用いることで、おもに傾斜移動とはなりますが、遠心移動が可能です。下顎においては、第三大臼歯抜歯後の臼後部へのスクリュー植立が、全顎的な遠心移動にはもっとも適しています。同部に十分な付着歯肉がない場合には、第二小臼歯と第一大臼歯の間もしくは第一・第二大臼歯の間にスクリューを植立します。下顎歯列の遠心移動量に治療メカニクスとしての限界はありませんが、過度に遠心移動させると第二大臼歯を歯肉下に埋没させてしまうため、下顎臼歯は下顎枝の立ち上がりより前方にしか位置させることができず、アーチレングスディスクレパンシーが大きければ小臼歯抜歯を選択せざるを得ません。下顎が小臼歯抜歯となれば、上顎第二大臼歯の対合歯がなくなり上顎を小臼歯非抜歯で治療することは困難であるため、上顎の遠心移動を計画する前に、下顎歯列の抜歯の必要性を検討しなければなりません。
小臼歯抜歯症例における絶対的な固定源としてもスクリューは役立ちます。スクリューを固定源に用いて上顎前歯を後方に牽引した症例(スクリュー群)と、ヘッドギアを固定源に用いた症例(ヘッドギア群)で、その治療結果を側方セファログラムにて比較検討した研究の結果、スクリュー群においては上顎前歯が9.3mm後方に牽引され、上顎臼歯が0.7mm近心移動していたのに対し、ヘッドギア群では上顎前歯が6.3mmの後方に牽引され、上顎臼歯が3.0mm近心移動していました。また軟組織分析においても、スクリュー群ではヘッドギア群に比較してより大きな口唇の後退が得られていました。これらのことから、スクリュー群はヘッドギア群に比べ、上顎前歯を大きく後方に牽引可能であることが明らかとなりました。このような治療は、スクリューが単にヘッドギアの代用としての固定源にとどまらず、治療結果の向上に寄与することを示しています。
矯正歯科治療において、抜歯が必要かどうかは、精密検査で採得した歯型模型やレントゲンなどの資料を分析して診断します。今回お話ししたように、歯列の遠心移動をおこなうことで、非抜歯で治療することができる場合もありますが、抜歯適応となる患者さんもいらっしゃいます。当院では、患者さんお一人おひとりに最適な治療を提案しております。歯並びのことで気になることがある方は、ぜひ一度、相談にいらしてください。